#19 SETI

出品作家:武内優記

​企画:烏山秀直


会期:1月16日(土), – 2月14日(日) / 土日祝日のみ開場 14:00-18:00

地球外知的生命体探査( Search for extraterrestrial intelligence >> SETI )とは、地球外知的生命体による宇宙文明を発見するプロジェクトの総称である。

 1977年、地球外文明とのコンタクトを切望する一部の人類の希望は、ボイジャー1号・2号に託された。この2機のボイジャーの任務は、太陽系の外惑星と太陽系外の探査、およびSETIであった。ボイジャーにはSETIの実践として、地球の生命や文化の存在を伝える音や画像がアナログ信号で刻まれたレコードが搭載された。このレコードはゴールデンレコードと呼ばれ、レコードの信号を地球外知的生命体が解読し、我々の存在に気づくことを期待したものである。
 ゴールデンレコード は、さながら地球外生命体への熱い想いが紙面の限界まで綴られた壮大なラブレターであった。それは永遠に報われない一方的な愛の表現になるのか、あるいは、相手の心を強く打ち情熱的な関係性へと展開するのだろうか。
 地球外文明とのコンタクトは一部の人類の悲願であり、多くの映画や小説で描かれてきた。そうした物語に一喜一憂する私たちは、自覚的・無自覚的に関わらず、日夜、宇宙人との遭遇のシミュレーションを世界中で行ってきたとも言える。

 実際、私たちは宇宙人に出会ったときに上手くコミュニケーションをとり、お互いを尊重し、この宇宙で友好的に共生できるのだろうか。この手の話で取り沙汰されるのは地球外文明との様々な差異である。容姿や生態、コミュニケーションの方法やテクノロジー、文化、精神性、次元、思考などの森羅万象においては、地球とそれ以外では差異が生じると考えられる。このような前提を置きつつ、地球外生命体へ向けたSETIの実践は、これまでに様々な形式で行われてきた。そのいずれも簡潔かつ明晰に、この地球の生命と、その生命が織りなす営みの要素を部分的に凝縮したものではあるが、大切なピースが欠けているように思う。例えば、私たちの意識についてである。
 そもそも意識の有り様はどのように表現・伝達できるのだろうか。言語や既存の手段では共有し難い事象であったとしても、「表現」それ自体の限界はまだまだのりしろがあるはずである。来るべき地球外生命体との対話に向けて、これからのSETI では私たちの言語化できない事象について描写することを想像してもいいんじゃないだろうか。そして、そんなことを空想している今この瞬間にも、地球外知的生命体との出会いが現実となるかもしれない。(武内優記)​

プロセスを重視した制作を通して、偶然と選択の間(はざま)からの創造を探求している。また継続して、宇宙という未知の領域から発想される物事の表出と連関にも興味を寄せ、活動を行う。主な活動に個展「SETI」アズマテイプロジェクト/2021、「群馬青年ビエンナーレ2015」群馬県立美術館/2015、2015年「吉野石膏美術振興財団在外研修助成」によりベルリンに滞在。2010年東京藝術大学大学院修士過程彫刻専攻修了。

作家HP

ある時ある瞬間、何となく今いる場所ではない風景が見たいという衝動に駆られることがある。
海へ真っすぐに視線を向ければ、水平線や遠くの対岸がうっすらと見て取れる。山を眺めれば、稜線が見えたり季節によっては紅葉のうつろいを楽しむことができる。見上げれば空に浮かぶ雲や横切る鳥たち、夜には星々の輝きを見ることができる。
様々な要因が関係しているはずのそうした行為には、いったい何の目的があるのだろうか……。そんなことをぼんやりと考えながら風景を眺めたりしているとき、わたしは武内優記というアーティストとその作品を思い出すのである。

海を眺めていると彼の作品《HOLF FORM》を思い出す。台風の最中、大荒れの波へ向けてその場で溶かした錫(すず)を投げ込む。そうして波によって冷却され固まった金属が、武内の行為と波との関係性によって現れたフォルムを留めることになる。また、夜空を眺めていると作品《Knead without touching by hand》を思い出す。宇宙をテーマにしたと思われる巨大なその装置は、小さな隕石に見立てた彫刻を中心に、その周辺を惑星軌道に見立てた5つの黒い環状の立体が、それぞれの法則で動き続けている。複雑な動きで廻っている環状の立体の隙間を縫って、中心にある小さな隕石に向けて豆粒ほどの大きさに丸めた油粘土をエアダスターを改造したオリジナルの空気銃に装填し、発射する。狙いがよければ隕石に命中し、外れた場合は装置をすり抜け、ギャラリーの壁に付着することになる。

ふだん無意識に行っていることや考えていること。たとえそれがとても些細なことであったり誇大妄想的なことだとしても、どんな事柄に対しても武内はその様や思考をできうる限り俯瞰的に注意深く観察し、作品へのテーマやヒントを得ようとする。そうしたスタイルは、ともすれば大袈裟で見る側も、さらに作り手側すらも違和感を感じる作品に陥る危険性をはらんでいるのだが、これらの作品からそれは微塵も感じられない。
おそらくそれはどの作品においても、彼が事前に念入りな計画とベースを作り、制作過程の最終段階時で偶然性や現場性を意図的に取り入れているからであり、奇跡的で運命的にも感じる何かを現出させているからではないだろうか。

今回、リニューアルして間もないアズマテイプロジェクトのスペースで、このアーティストはどの様な壮大かつ繊細なイメージを可視化した作品を目の前に見せてくれるのだろうか。いまそう思いを馳せている。
(画家 烏山秀直)

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